ベトナムニュースをLINEで毎週配信!無料登録はこちら

“選択と集中”の10年、ベトナム起業のリアル|Wacontre(ワコンチェ)代表 野原 弘平氏

プール・サウナ付きのオフィスで愛犬のプーチンと

プロフィール
東京都練馬区出身。早稲田大学商学部卒業後、創業間もないベンチャー企業を経て2010年に単身ベトナムに渡り起業。オフショア開発、ラボサービス、アプリ開発などのITビジネスを中心にHR(人材紹介・労務・人事評価制度)、会計、法務についての幅広い知見を生かして日本企業の進出サポートやベトナム国内向けのウェブサービスを展開している。

ベトナムの可能性を信じ、起業を夢見る人は少なくありません。Wacontreの代表、野原氏もそんな一人として単身で移住、最初はバックパッカー街で寄宿しながら起業。それから10年を経た現状と将来への展望、そして同じ夢を持つ人たちへのアドバイスを語ってもらいました。

日本で働いていたときはどんな仕事をされていましたか?

大学を卒業した2009年から1年だけ、創業したばかり渋谷の人材ベンチャー企業で働いていました。学生時代から自分も起業したいと思っていましたが、準備もアイデアも整わないので、とりあえず同じようなベンチャー企業に就職したんです。

そこは学生団体が法人化した会社で、創業者の社長と社員は僕だけ、あとはインターン生が5~6人という構成でした。業務は中小企業向けのインターンシップやアルバイトの求人広告で、学生にとって長期的に取り組め、スキルが身につくことで成長できるというメリットを訴求する媒体でした。

顧客は半分以上がIT系、あとは人材系、就活支援系。僕自身もそこで営業、サイト更新、マーケティングまでほぼすべてこなし、大変だったけれど成長できた一年でした。

ベトナムで起業しようと思ったきっかけは?

その会社で働いている間、顧客だったベンチャー企業を見ていて自分が起業した時のイメージや、やりたいことの方向性が見えてきました。それがウェブ上のサービスを海外で、ということです。

ベトナムは物価や経済成長だけでなく、政府がITを後押ししている点などに魅力を感じました。最終候補地としてミャンマーも考えましたが、当時はまだ軍政だったので「とりあえずベトナムに行ってみよう」と、2010年6月に1ヶ月だけホーチミン市に来てみました。そこで手応えを感じたのでベトナムで起業することにしました。

まずは日本でWacontreの法人を作り、日本での売り上げをベトナムでの資金にする形を作りました。最初の半年はホーチミン市の人文社会大学ベトナム語クラスでベトナム語を勉強し、午後はネットショップを作ったり、知り合いの会社でマーケティングを手伝ったりする日々。

オンライン絵画ショップをやっていたころの野原氏(2010年)

一番最初の商材は油絵でした。当時はブイビエン通りに住んでいたので、周囲に油絵の複製を売るお店がたくさんあり、ダヴィンチやゴッホなどの著作権が切れた絵のレプリカや肖像画を職人さんたちに描いてもらい、それをネットで日本に販売していました。初年度の売り上げは100万円程度、制作の原価は安いのですが、当時から航空便を利用していたので輸送費がかかりましたね。

最初の頃は月500ドル程度の収入で、月200ドルのホテルに住み、残りの300ドルで生活をするような状態でなかなか大変でした(笑)

ホーチミン市移住当初の生活していたブイビエンのホテル。窓なしお湯なしで1泊7ドル

ベトナム法人はどのタイミングで立ち上げましたか?

2011年に初めて事務所を借りてバイトを雇うようになり、2012年頃からショッピングサイトやウェブサイトを作る仕事を受けたのと前後してエンジニアを社員として採用、ベトナム法人を作ったのも同じ頃です。

開発して運用していたベトナム版「美人時計」(2012年)

IT系企業はパスポートと銀行口座があれば設立でき、認可も2~3ヶ月で下りたのでそれほど大変ではありませんでした。ただ、会社設立をあまり経験のないベトナム人弁護士に依頼したためか、五月雨式に追加書類を要求されたのは困りましたね。

会社のパーティ(2014年)

ベトナム法人の設立から3~4年の間に、手がける案件もウェブサイトからショッピングサイトになり、ホテル予約サイトやオフショア案件の受託開発と複雑になっていき、社員も増えました。

社員たちとのカラオケパーティにて。このころから少しずつ社員が増えていった。(2013年)

ただし、オフショアのシステム開発は、顧客とエンジニアの間に入る人間が僕しかいなかったので非常に大変でした。その結果、2014~15年頃からは、人材を集めて勤怠管理等を担当するのは当社が担当し、開発業務については顧客に管理して頂く「ラボ型開発」という形態にしました。現在は、ラボ型開発を含め30人ほどの社員がいます。

その後、1社ベトナムの法人(人材会社)を立ち上げ、そこから弁護士との繋がりもでき、ベトナム進出に関するサポートも開始しました。人材会社では初めて本格的にベトナム向けのメディア(求人サイト)運営やベトナム人人材の紹介業を展開し、そこから履歴書作成や勤怠管理などのアプリ開発も派生するようになりました。

2017年の社員旅行。この頃には社員も増え、にぎやかな旅行ができるようになってきた。

ベトナム人社員とのコミュニケーションで気を付けていることや採用のポイントは?

人件費が限られているので、ポテンシャルが高い人材、とくに新卒や社会人経験の浅い人材を採用して育てていくようにしています。経歴よりも第一印象で決めており、言ったことを素直に吸収するタイプの人を採用するようにしています。

会社の飲み会でコミュニケーションをはかることもあった(2013年)

特にエンジニアは内向的な人の方が長期的に働いてくれる気がしますね。というのはベトナムの雇用は売り手市場ということもあり、コミュニケーション能力が高い人にはいろんな情報が集まってきて、すぐ辞めてしまう傾向があります。

また、日系企業の受託開発では、どうしても指示通りに作業することが求められるので、仕事に対する姿勢が受け身的になってしまいがちでした。今は自社開発も増えているので、特にベトナム人向けのサービスでは、社員自らユーザーの視点に立って考え行動してもらうようにしています。

例えば「履歴書作成サイト」はエンジニアからの提案で始めました。とはいえ、いきなりすべての権限を丸投げしてしまうとアウトプットされたもののクオリティが担保されず、かえって時間のロスになる場合もあるので、少しずつ方針を転換中です。

社員とはできるだけベトナム語で話すようにしている(2014年)

目標設定してそれに対する成果を評価していくシステムを取り入れたり、ミーティングをワン・オン・ワンで行い、時にはそのなかでコーチングしたり。個々の能力にそれほど違いはなく、意識や環境の違いでそれを発揮できるかどうかだと思うので、それを会社の仕組みで作ることが目標ですね。

競合他社との差別化はどのような点を意識していますか?

当社は売上の約半分がベトナム人向けのサービスなので、現地マーケットについての知見があることですね。特にITを活用したマーケティングについては見識が深いと自負しています。

人材紹介会社立ち上げ当初の様子(2016年)

特に別法人となっている人材紹介の会社は、ベトナムでもライセンスの取得が難しい業種です。設立までにはさまざまな紆余曲折がありましたが、今はその会社「Viec Oi(ヴィェックオイ)」も20人ほどのスタッフで運営するまでに成長しました。

ベトナムでビジネスをするアドバンテージやアドバイスは?

会社前で記念撮影をする野原氏(2015年)

物価、成長力、人材などの面でアドバンテージがある他、ベトナムで成功モデルができれば、ミャンマー、カンボジアなどのASEAN諸国での展開がしやすいのではないかと思っています。

ディスアドバンテージはあまりないと思いますが、既に進出しているプレイヤーが日系のみならず、韓国、中国、欧米系と競合が多いことは否めません。

また、商習慣や働き方なども日本とは違うので、進出するときは深手を負わないようにスモールスタートでトライアンドエラーを重ねがら進めるべきです。

2021年の展望や将来に向けての見通しは?

立ち上げてから数年間は日本法人がプロフィットセンター、ベトナム法人がコストセンターという構図でしたWacontre全体で単月黒字までに2年、累積黒字までに5~6年かかりました。ベトナム単体では今年か来年の見通しなので10年かかってようやくという感じですね。けれども人材部門は3年で累積黒字になりましたから、これからが勝負です。

2021年以降、今までお話ししたようなさまざまなことに対して仕組み化できて、ベトナムローカル市場に対してベトナム人だけでビジネスが完結できるようにすること、IT事業についてはウェブメディアで月間100万ページビューを達成することがひとまずの目標です。

ベトナムに来てから10年間、手がけたいろいろなことのなかから選択し、ここ数年でようやく本業に集中できるようになったので、さらにそこを深掘りしていきます。

2021年に法律が変わって雇用契約書がオンライン化できるようになるので、HRのバックオフィスやリファラル採用サービス等、ローカルマーケット向けのサブスクリプションモデルのSaaSを展開していく予定です。

カテゴリー